福岡地方裁判所 平成5年(行ウ)21号 判決 1996年2月16日
原告
竹平俊夫
同
日野清三
同
森中鎮雄
原告ら訴訟代理人弁護士
江上武幸
同
登野城安俊
同
小宮学
被告
飯塚市長
田中耕介
右訴訟代理人弁護士
本田稔
主文
一 被告は、飯塚市土地開発公社に対し、飯塚市が別紙目録一及び二記載の土地に建設予定の清掃工場の用地買収費等名目のうち、鉱業権買取りに係る飯塚市の負担金二九四万二一〇〇円を支出してはならない。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
主文同旨
第二 本件事案の概要
一 争いのない事実
1 原告らは、いずれも飯塚市民であり、被告は、飯塚市の執行機関として支出負担行為や支出命令の権限を有する者である。
2 飯塚市は、同市の清掃工場(ごみ処理施設)等の建設予定地として、同市所有の別紙目録一記載の土地(別市図面赤色斜線部分。以下「本件市有地」という。)及びこれに隣接する古河機械金属株式会社(以下「古河」という。)所有の別紙目録二記載の土地(別紙図面青色斜線部分。以下「古河社有地」という。)を選び、古河社有地の買収を飯塚市土地開発公社(以下「公社」という。)へ委託することを前提に、公社が古河社有地買収費等として株式会社福岡銀行(以下「福岡銀行」という。)から借り入れる借入金及び利息について、同市議会の議決に基づき福岡銀行に対して三億六八四六万円を限度とする債務保証をした。
3 古河は、平成四年五月二二日、村山喜信(以下「村山」という。)及び河野正直(以下、総称して「村山ら」という。)から、村山らが本件市有地及び古河社有地を含む鉱区面積一九万四三〇〇平方メートルに設定している鉱業権(福岡県採掘権登録第一五七〇号。以下「本件鉱業権」という。)を三〇九〇万円(消費税九〇万円を含む。)で買い取り、同年六月九日、その旨の移転登録手続を完了した。他方、飯塚市は、同年八月一九日、公社に対し、金三億六八四六万円(本件鉱業権の右買取りに係る飯塚市の負担金二九六万円を含む。)をもって古河社有地の取得を委託した(以下「本件委託」という。)。そして、公社は、同月二六日、古河から古河社有地を土地代金三億五六二二万円で買い受けたが、その際、古河に対し、右代金とともに、本件鉱業権買取りに係る飯塚市の負担金として二九四万二一〇〇円(以下「飯塚市負担金」という。)を支払った。
4 飯塚市は、平成七年度末までに公社から古河社有地を買い受ける予定であり、被告が公社に対して右年度末までに飯塚市負担金を支出することは確実である。
5 原告らは、平成五年六月二四日、飯塚市監査委員に対し、本件鉱業権の買取りに係る飯塚市負担金の支出は不当であるなどとして住民監査請求をしたが、同監査委員は、同年八月二〇日、原告らに対し、不当な公金の支出が相当な確実性をもって予測できない等を理由として原告らの請求は認められないと認定し、その旨通知した。
二 本件事案の要旨
本件は、被告が本件委託に従って古河が村山らから買い取った本件鉱業権に係る飯塚市負担金を公社に支出することは違法であるとして、飯塚市の住民である原告らが地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき被告に対して飯塚市負担金の支出の差止めを求めた住民訴訟である。
三 争点
(原告らの主張)
以下の理由により、被告が本件委託に従って飯塚市負担金を支出することは、違法である。
1 鉱業法六四条は、公共の用に供する施設並びに建物の地表地下五〇メートル以内の場所において鉱物を採掘するには、他の法令の規定によって許可又は認可を受けた場合を除き、管理庁又は管理人の承諾を得なければならない旨規定しており、しかも、右制限はこれらの施設の設置と鉱業権設定の前後に関係がないとされているので、村山らは、公共の施設たる清掃工場の建設により本件鉱業権の行使が制限され、鉱物の採掘ができなくなる。したがって、鉱物の採掘もできない本件鉱業権に係る飯塚市負担金を支出することは、違法である。
2 飯塚市は、昭和四九年三月九日、村山らに対し、鉱物採取の目的で本件市有地を賃貸したが、その際、村山らとの間で、契約期間が満了し又は終掘したときは、関係官庁の指導のもとに双方協議のうえ、村山らが当該地の採掘権の抹消登録手続をする旨合意した。その後、村山らは昭和五五年三月をもって石炭の露天掘りを終えたので、本件鉱業権は右賃貸借契約における合意に基づき既に消滅したか、あるいは、村山らは飯塚市に対して本件鉱業権の存在を主張できないことになる。それゆえ、このような本件鉱業権に係る飯塚市負担金を支出することは、違法である。
3 石炭鉱業構造調整臨時措置法(平成四年法律二三号。昭和三〇年法律一五六号石炭鉱業合理化臨時措置法を改称)は国内での新たな石炭の坑内掘りを禁じている訳ではないが、九州通産局管内において、近年新たに石炭の坑内掘りの新規施業案を認可したことはなく、新規施業案の認可は昭和三四年九月二三日が最後であり、また、福岡県筑豊地方において局部的な露天掘りが施業されたのは昭和六〇年ころまでであって、これらは石炭採掘が今日採算のとれない事業となったためである。したがって、現在において、本件鉱業権は全く無価値なものであるばかりでなく、かえって、鉱業法は、鉱物の採掘のための土地の掘削、抗水若しくは廃水の放流、捨石若しくは鉱さいの堆積又は鉱煙の排出によって他人に損害を与えたときは、仮に鉱物の採取をしていなくとも、損害発生のときにおける当該鉱区の鉱業権者などがその損害を賠償する責に任ずる旨規定し(同法一〇九条)、鉱業権者は損害賠償責任を負わなければならないから、現在においては本件鉱業権もまた有害というべきである。それゆえ、このような本件鉱業権に係る飯塚市負担金を支出することは、違法である。
(被告の主張)
以下の理由により、被告が本件委託に従って飯塚市負担金を支出することは何ら違法ではない。
1 飯塚市は、従来から同市大字相田に清掃工場を有して同市のごみ処理にあたっていたところ、昭和六一年ころからごみ焼却量が増加する一方、右清掃工場が老朽化するに至ったため、一時は隣接町との間で広域清掃工場の建設を計画するなどしたが、平成二年七月、同計画が頓挫した。そこで、独自に、清掃工場を建設する必要に迫られた飯塚市は、数か所の候補地の中から最適地を本件市有地と古河社有地に絞ったが、古河から、古河社有地を譲渡する前提条件として本件鉱業権問題を円満に処理することが要請された。右のような状況においては、飯塚市が古河社有地を取得するために、早期に村山らとの間で本件鉱業権の問題を円満に処理することが欠かせなかったものであるから、たとえ本件鉱業権が終局的にはその抹消を求めることができる余地があるものであったとしても、これについて対価を支払うことは止むを得ないというべきであり、それゆえ本件委託に従って飯塚市負担金を支出することは、何ら違法ではない。
2 飯塚市が昭和四九年三月九日に村山らとの間で締結した本件市有地の賃貸借契約においては、鉱業権の抹消について「双方協議のうえ」採掘権の抹消登録手続をするものと規定されているにすぎず、期間満了又は終掘により直ちに村山らに採掘権の抹消義務が生ずるものではないから、本件鉱業権は既に消滅しているとはいえない。
3 村山らは、以前、本件鉱業権の一部を株式会社安川製作所のために放棄した際、その補償金として昭和五〇年二月には一万一〇〇〇平方メートルにつき五〇〇万円(一平方メートル当り四五五円)、同五六年三月には六七〇〇平方メートルにつき四〇〇万円(一平方メートル当り五九七円)をそれぞれ受領した。右事実に加えて、村山らは、従前に本件鉱業権を行使して石炭及び耐火粘土を現実に採掘していたこと、本件鉱業権は、鉱区北部中央付近から東南方向に鉱区を縦断する形で長さ約四五〇メートルの露頭線となっており、右露頭は、傾斜角一〇度(露頭線一〇メートル当り深度1.7メートル)、一平方メートル当り産出総量は約0.9トンであり、採掘深度地表下六メートルまでは採算性があることを考慮すると、本件鉱業権を無価値であるということはできない。
第三 判断
一 本件の事実関係について
前記争いのない事実に証拠(甲第一ないし第三号証、第四号証の一、二、第五号証、第六号証の一、二、第七ないし第九号証、第一三及び第一四号証、乙第一号証、第二号証の一、二、第三ないし第六号証、第八ないし第一一号証、第一五及び第一六号証、第一七号証の一、二、第一八号証、証人高松昇、同篠崎守寿及び同丸山稔の各証言)及び弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
1 村山らは、昭和四八年一二月ころから、本件市有地及び古河社有地を含めた鉱区面積二〇万六〇〇〇平方メートル(昭和五七年四月一九万四三〇〇平方メートルに減少)に鉱種名を石炭及び耐火粘土とする本件鉱業権を所有していた。村山らは、昭和四九年三月九日、飯塚市との間で、本件市有地につき鉱物採取を目的とする賃貸借契約を締結したが、その際、飯塚市に対し、右契約期間満了又は終掘したとき及び契約を解除されたときは、関係官庁の指導のもとに、双方協議のうえ当該地の採掘権の抹消登録をするものとし、飯塚市の指示に従い、この土地を埋戻し整地等を行い防災の措置をして返還する旨を特約していた。その後、右契約は、昭和五六年三月一日賃借面積を減少してその使用目的を貯炭場敷に変更するとともに、昭和六一年三月三一日まで更新されたが、なぜか右変更後の契約内容には右特約の記載がなく、右同日期間満了により村山らが飯塚市に本件市有地を返還した際に本件鉱業権の抹消登録手続は取られなかった。その間、村山らは、右契約に基づき本件市有地において石炭の採掘をしていたが、鉱物の採掘の事業に対し、その鉱物の価格を課税標準として鉱業者に課される鉱産税(地方税法五一九条)を村山らが申告納税した形跡はなかった。
2 飯塚市は、同市大字相田所在の清掃工場でごみ処理にあたっていたが、昭和六〇年ころからごみ焼却量が増加する一方、右清掃工場が老朽化するに至ったため、隣接町との間で広域清掃工場の建設を計画したが、平成二年七月、同計画が頓挫したため、独自で清掃工場を建設する必要に迫られた。そこで、飯塚市は、既に右清掃工場の処理能力が限界に近付きつつあり、また、新たに用地を買収して清掃工場を建設するには相当の年数を要すると見込まれるので、用地買収を緊急課題であると考え、平成三年一〇月ころ、地権者が古河だけであり、既設の取付道路が利用できる上、地元民対策の諸設備の設置が容易である古河社有地と本件市有地を唯一の候補地として決定し、古河に対して古河社有地の譲渡方を依頼した。これに対し、古河は、一度は難色を示したものの、この機会に古河社有地を含む周囲の社有地に設定されている本件鉱業権を円満に処理できれば、他の社有地の利用が図れると考えて、本件鉱業権の円満処理を条件に譲渡に応じる旨回答をした。一方、飯塚市は、同市公有財産管理規則九条が公有財産を取得する場合に当該財産に権利が設定されているときには、同権利が市に損害を与えないと市長が認められるとき以外は右権利を消滅させたうえで取得しなければならないと規定していることから、古河社有地を取得するには本件鉱業権を消滅させる必要があると判断して、古河の右要請に応じることとし、飯塚市において村山らと本件鉱業権の譲渡を交渉することとした。その際、飯塚市は、村山らに対して前記賃貸借契約の特約に基づき本件鉱業権の抹消登録を請求することやボーリング調査等をしてその価値の有無を調査した上で村山らと交渉することなどを一旦は検討したものの、いずれも長期間や多大な費用を要するとの理由から、右抹消登録請求や本件市有地内の埋蔵石炭や耐火粘土の有無や量など本件鉱業権の経済的価値の有無を判断するに必要な調査を全くしなかった。そして、飯塚市は、買取り後に本件鉱業権を抹消した場合には、第三者が新たに鉱業権を設定することも考えられるので、古河との間で、古河が村山らから本件鉱業権を一旦買い取り、市が古河社有地を購入する時点で、本件鉱業権の抹消等を協議する旨合意した。
3 そこで、飯塚市の篠崎市民生活部長らが村山と交渉したところ、村山が鉱区一九万四三〇〇平方メートルのうち本件市有地に設定されている一万八五〇〇平方メートル及び古河社有地に設定されている七万四三〇〇平方メートルの本件鉱業権の一部譲渡ではなくて一括譲渡ならば応ずる旨答えたため、飯塚市は、古河に対し、右村山らの要求を伝えるとともに、村山らがクボタハウス株式会社との間で昭和四九年五月に合意した補償金六五〇万円と引換えにする一六万七五一五平方メートルの区域における鉱業権の不行使や鉱物所有権の放棄に関する公正証書や株式会社安川電機製作所との間で昭和五〇年二月に合意した補償金五〇〇万円と引換えにする一万一〇〇〇平方メートルの本件鉱業権の放棄に関する公正証書及び昭和五六年三月に合意された補償金四〇〇万円と引き換えにする六七〇〇平方メートルの本件鉱業権の放棄に関する公正証書を本件鉱業権買取代金試算のために提供した。そこで、右篠崎らは、古河と協議の上、右クボタハウス株式会社の事例を参考にして、当初村山に対して本件鉱業権の買取代金として八〇〇万円を提示したところ、村山から言下に拒絶されたので、古河から事前に三〇〇〇万円が買取代金の限度である旨告げられていたこともあって、村山に対して二〇〇〇万円を提示したものの再び拒絶され、結局、平成四年一月二八日に三〇〇〇万円を提示してようやく村山の承諾を得るに至った。
なお、本件鉱業権には、昭和二五年八月二五日九二八万三〇〇〇円の債権のために抵当権の登録が、昭和三一年四月二一日五三〇万五〇〇〇円などの債権のために抵当権設定予約の仮登録がそれぞれされ、それらがいずれも抹消された後の昭和四八年七月一六日に一〇〇万円の債権のために抵当権の登録がされた経緯があったが、飯塚市は、村山との右交渉に当たっては、これを全く考慮しなかった。
4 飯塚市は、平成四年四月一日、公社及び福岡銀行の三者間で、平成四年度中の公社の事業資金等を福岡銀行が融資すること及び飯塚市が同市議会の議決を経てその債務保証をすることについて協定した。そして、古河は、同年五月二二日、村山らとの間で、買取価額を三〇九〇万円(消費税九〇万円を含む。)とする本件鉱業権の売買契約を締結したのち、同年六月九日、村山らからその旨の移転登録を受けた。そこで、飯塚市は、同市議会に対し、清掃工場等敷の用地買収費三億六八四六万円を限度として公社の福岡銀行に対する借入金債務について飯塚市が右協定に基づき保証することを内容とする平成四年度一般会計補正予算案を提出したが、その際、古河による本件鉱業権の買取りはあくまで商取引であり、三〇〇〇万円の買取価格の決定も古河においてその価値を認めてなされたこと、古河から飯塚市に対し、本件鉱業権は本件市有地に設定されている部分を含んでいるから飯塚市においても右買取代金を本件鉱業権の鉱区面積に占める本件市有地の面積割合により按分負担をして欲しい旨の要求があったので、これに応じて飯塚市負担金として二九六万円を計上している旨説明し、同年六月三〇日、同市議会の議決を得た。
5 飯塚市は、同年八月一九日、古河社有地に対する鑑定業者二社の鑑定評価額三億七〇〇〇万円及び三億六五五〇万円の平均価格をもとに古河社有地の買取価額について一平方メートル当たり四四五〇円を相当とする同市財産管理審議会の答申を踏まえて、公社に対し、土地買収費三億六五五〇万円及び飯塚市負担金二九六万円でもって古河社有地を取得する旨の本件委託をした。そこで、公社は、同月二六日、古河との間で、土地代金三億五六二二万円、飯塚市負担金二九四万二一〇〇円を内容とする売買契約を締結するとともに、鉱害賠償金を九二八万円とする鉱害賠償契約を締結し、福岡銀行から、同月三一日に一億円、同年九月三〇日に二億五九一六万二一〇〇円をそれぞれ借り入れ、古河に右売買代金として支払った。
6 飯塚市は、平成六年一二月の時点において、本件市有地周辺の一〇町内会のうち七町内会の同意しか得られていないものの、平成七年一二月六日、古河社有地及び本件市有地において新たな清掃工場建設の起工式を行い、近々、本件委託に基づき公社から古河社有地を買い取る予定であり、また、前記借入金元本の返済期限は平成八年三月二九日とされており、公社は、飯塚市からの右買取代金をもって前記借入金の返済に充てる予定である。
以上の事実が認められる。
二 飯塚市負担金支出の差止めの可否について
1 地方公共団体の財産取得にあたっては、地方自治法九六条一項八号が一定の場合に議会の議決を要する旨定めているほか、同法二条一三項が「地方公共団体は、その事務を処理するに当っては、……最少の経費で最大の効果を挙げるようにしなければならない。」と、地方財政法四条一項が「地方公共団体の経費は、その目的を達成するための必要且つ最少の限度をこえて、これを支出してはならない。」とそれぞれ規定しているが、これらの規定は、一般に地方公共団体の執行機関に課された当然の義務を示しているのであって、地方公共団体の財産取得について具体的な規制をするものではないと解されている。したがって、このように地方公共団体の財産取得についてこれを具体的に規制する規定が認められない以上、個々の事案ごとに関係する法令の趣旨等を検討した上で、その財産取得の衝に当たる執行機関にその取得方法や対価などについて合理的範囲内での裁量権を認めなければならないことになる。ところで、本件清掃工場のような公共用地の取得に伴う補償額等に関しては、周知のように、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱」(昭和三七年六月二九日閣議決定。以下「要綱」という。)が定められているが、この要綱は、「土地収用法その他の法律により土地等を収用し、又は使用することができる事業に必要な土地等の取得又は土地等の使用に伴う損失の補償の基準の大綱を定め、もってこれらの事業の円滑な遂行と損失の適正な補償の確保を図ること」を目的としているから、公共用地の強制取得のみならず、本件のような公共用地の任意取得においてもその趣旨は妥当するものと解される。そして、「公共用地の取得に伴う損失補償基準要綱の施行について」(昭和三七年六月二九日閣議了解)の「第一 要綱の適正な実施を確保する措置について」によれば、地方公共団体においてもこの要綱に定めるところに準じて基準の制定等による要綱の適正な実施を確保するため所要の措置を講ずることが求められている。そうすると、右の地方公共団体の財産取得において認められている裁量権の範囲を考えるにあたっても、この要綱の内容を基準とするのが相当と解されるので、地方公共団体の財産取得価額の算定が右要綱の内容から大きく逸脱しているときは、特断の事情が認められない限り、右裁量権を逸脱したものとして、その財産取得行為は違法といわざるを得ないことになる。そこで、要綱における鉱業権消滅に係る補償の規定をみるに、要綱一八条は、消滅させる鉱業権に対しては、「一般に譲渡性のあるものについては正常な取引価格をもって、その他のものについては、当該権利の態様及び収益性、当該権利取得に関して要した費用等を考慮して算定した額をもって補償するものとする。」と定めていることは明らかである。それ故、飯塚市負担金支出の差止めの可否の前提として支出負担行為たる本件委託のうち飯塚市負担金に関する部分(以下「飯塚市負担金に関する部分」という。)の違法性の有無を判断するにおいては、飯塚市負担金の算定が右要綱一八条の規定内容から大きく逸脱しているか否かが問題となるので、以下この観点から検討を加えることとする。
2 まず、本件鉱業権買取価額及び飯塚市負担金の決定手続についてみるに、前記認定事実から明らかなとおり、飯塚市は本件鉱業権の経済的価値の有無を判断するに必要な資料の調査を全く怠っているところである。また、古河が右資料の調査をしたことを窺うに足りる証拠の提出はなく、さらには、飯塚市が本件鉱業権の買取価額や飯塚市負担金を決めるに至った経緯において要綱が定めている前記鉱業権消滅に係る補償基準を考慮した形跡を認めるに足りる証拠も存在しない。しかも、飯塚市の篠崎部長らと村山らとの交渉経過において、前記認定のとおり当初八〇〇万円と提示された本件鉱業権の買取価額がその後二〇〇〇万円、さらには三〇〇〇万円と高騰していったが、この急激ともいえる金額の高騰及びその金額についての合理的な根拠を認めるに足りる証拠は全くなく、かえって、証拠(甲第一二号証の一ないし九、証人高松昇の証言)により認められる村山が田川市に本拠を置く暴力団太州会村由組組長であって過去に飯塚市の市有地に関連して刑事事件を起こした経歴を有する者であった事実からすると、その暴力的勢威の影響のもとに決定されたのではないかとの疑いさえ抱かせるものである。そこで、これらを総合すると、前記古河の本件鉱業権買取価額は、正当な評価手続と飯塚市の担当者と村山との間における真摯な交渉によって本件鉱業権の経済的価値を評価した上で決定されたものとは到底考えられないばかりでなく、右買取価額を基に決定された飯塚市負担金も同様といわざるを得ないことになる。
3 次に、本件鉱業権の経済的価値の有無について検討する。
まず、国内における石炭採掘事業は、昭和三〇年代におけるエネルギー革命により不採算の状況となり、これまでに僅かな鉱山を除きほとんどの国内石炭鉱山は閉山したこと、九州通商産業局管内においても、石炭の坑内掘りの新規施業案の認可は昭和三四年九月二三日が最後であり、また、福岡県筑豊地方における石炭の露天掘りが行われたのは昭和六〇年ころが最後であること、現在海外から国内炭より安価な石炭が多量に輸入されるため、産出する国内炭も政府から補助金を受けて電力会社が買い取っている実情にあり、個人によって採掘された石炭の需要を見つけることは極めて困難な現状であることなど証拠(証人丸山稔の証言、調査嘱託の回答)及び弁論の全趣旨により認められる事実によれば、現在における国内石炭採掘事業は経済的には採算のとれないものと認めるのが相当である。そうすると、石炭及びそれに付随する耐火粘土の鉱業権には、一般的に譲渡性があるものとは認められず、また、その収益性も認められないことになるので、前記鉱業権消滅に係る補償基準に照らすと本件鉱業権に金銭的な対価を支払って取得するだけの経済的な価値があるといえるのかは極めて疑問である。
なるほど、前記認定のとおり、昭和二五年、昭和三一年及び昭和四八年に本件鉱業権に抵当権の登録や抵当権予約の仮登録の事実があり、本件鉱業権も過去には経済的価値があったのではないかと解されないではないが、右認定の国内石炭採掘事業を巡る状況や最後の抵当権の債権額が一〇〇万円であることからすると、右登録等の事実でもって最後に登録された昭和四八年から約二〇年経過した平成四年当時においてもなお本件鉱業権に経済的価値があるとは認められないところである。また、前記認定事実によれば、昭和四九年の本件鉱業権に近接する地域に村山らが設定していた他の鉱業権の放棄等に対して六五〇万円の、昭和五〇年の本件鉱業権の一部放棄に対して五〇〇万円の、昭和五六年の本件鉱業権の一部放棄に対して四〇〇万円の補償金が村山に対してそれぞれ支払われているが、いずれもその当事者が石炭採掘事業とは関係がない私企業であることやその合意の時期、村山の前記のような経歴、さらには本件において右補償金額の算定資料が全く提出されていないことからすると、その経済的価値を正当に評価した上で右補償金額が決定されたと到底認められない。したがって、右事実をもって正常な取引価格とすることはもちろん、本件鉱業権についてその経済的価値を認める根拠とすることもできないものというべきである。さらに、証人丸山稔は、本件鉱業権の価値について、露天掘りにより石炭を一万トン位採掘可能であり、その場合の石炭価格を一トン当り八〇〇〇円から一万円を想定して試算した旨証言するが、右試算内容を明確にする証拠の提出はなく、また、右試算内容自体右認定の国内石炭採掘事業を巡る状況を全く無視したものといわざるを得ないので、右証言内容は採用できない。
かえって、前記認定事実によれば、村山らが、昭和四九年ころから本件市有地において本件鉱業権を行使して一時期石炭を採掘していたものと推認されるところ、その事業について鉱産税を申告納税した形跡がないこと、昭和五六年以降村山らが本件市有地及び古河社有地において石炭採掘事業を行っていたことを認めるに足りる証拠がないこと、さらには、証拠(甲第九号証)により認められる、平成元年一〇月二一日の飯塚市議会総務委員会における当時の飯塚市管財課長の「村山が六年間にわたり本件市有地から鉱物採取を行ったことによって、ほとんどの鉱物の採取は終わったということから、再度採掘等の願いが出ることはないだろう」旨の答弁内容を総合すると、平成四年当時、本件鉱業権によってはもはや収益を挙げることはできなかったものと推認するのが相当である。
以上を総合すると、本件鉱業権について、要綱一八条に定める譲渡性や正常な取引価格を認めることができない上、収益性などの経済的価値もこれを認めることができないので、本件鉱業権は経済的に無価値なものといわざるを得ず、したがって、経済的に無価値な本件鉱業権を有償取得することは要綱一八条の前記基準を大きく逸脱していることになり、ひいては、特段の事情を認めるに足りる証拠がない本件では、飯塚市負担金に関する部分に右裁量権を逸脱した違法があることになる。
なお、被告は、本件当時、飯塚市にとって清掃工場建設のため用地確保が緊急の課題であり、それゆえ最適地であった古河社有地を取得するために村山らとの間で本件鉱業権を円満に処理することが必要不可欠であったから、この処理に関連して対価が支払われるのは止むを得ない旨主張する。確かに、前記認定事実によれば、公社が古河社有地を取得した平成四年八月当時、飯塚市にとって清掃工場建設予定地の確保が緊急の課題であったことは認められるが、地方公共団体において、特定の行政問題に緊急に対処する必要があるからといって、その財務会計を適正かつ公正に管理、運営すべき義務が後退するわけではないから、右行政問題の解決のための公金支出がそのことによって直ちに適法となるわけではないというべきである。しかも、本件においては、前判示のとおり、本件鉱業権の買取価額及び飯塚市負担金を決定する手続や本件鉱業権の経済的価値の有無の判断等について、被告や飯塚市の担当者が財務会計を適正かつ公正に管理、運営すべき義務を十分尽くしたとは到底評価できないのである。したがって、右被告の主張を採用することはできない。
4 ところで、飯塚市負担金の支出を差し止めるには、飯塚市負担金に関する部分が違法であるのみならず、無効であることが必要と解されるので、この点について検討する。
まず、飯塚市と同市が設立した公社との関係についてみるに、「公有地の拡大の推進に関する法律」によれば、土地開発公社は、「地域の秩序ある整備を図るために必要な公有地となるべき土地等の取得及び造成その他の管理等を行わせるため」に地方公共団体により設立されるものであるが(一〇条一項)、その定款は地方公共団体の議会の議決を経て定められた上、主務大臣等の認可を受けることが必要とされ(同条二項)、土地開発公社の出資者は地方公共団体に限られており(一三条)、その財務は地方公共団体の長の承認を受けることが必要であり(一八条二項)、その業務に関して地方公共団体の長の監督を受けるものとされている(一九条一項)。このような土地開発公社の設立、出資、財務、監督等における地方公共団体の地位に鑑みると、土地開発公社と地方公共団体とは実質的には同一体の関係にあると認めるのが相当である。その結果、土地開発公社が地方公共団体の委託に基づきこれに代わって土地等を先行取得した場合において、その委託が違法と評価されるときには、これを無効と解しても土地開発公社には保護されるべき取引上の利益はないといわなければならないから、右のような解されてもやむを得ないことになる。したがって、本件における飯塚市負担金に関する部分は、違法であるばかりでなく、無効である。
5 以上のとおり、飯塚市負担金に関する部分は明らかに違法かつ無効であり、その結果、仮にこれに基づき支出されたときは、本件差止めに比してその損害回復に著しい費用と時間を要することになり、また、その損害額も少額とはいえない上、本件全証拠をもってしても未だ飯塚市に回復困難な損害を生ずるおそれがないとは認められないから、飯塚市負担金に関する部分に基づく支出命令により行われる飯塚市負担金の支出を差し止めることは、これを認めるのが相当である。
三 結論
原告らの本訴請求は、理由があるからこれを認容する。
(裁判長裁判官中山弘幸 裁判官向野剛 裁判官三村義幸)
別紙<省略>